「なぜ身体に悪いのに煙草吸ってるの?」の言い訳

 

 

2022年2月3日(木)

 

昨晩、ある男性に質問された。

なぜ身体に悪いのに煙草を吸うのか?

 

 

僕は魔性の女と同じだと。そんなに深く考えず返した。

うんうんと僕の目を見つめ続きを待っている相手の態度に、なにか腑に落ちる答えを返さなければという気になった。僕は接続詞をゆっくり発音しながら足先だけ浸けて通りすがった水をきちんと観察してみる。

 

 

「金がかかり、中毒性があって、肉体が狂うのだから美味い毒のような女じゃないか。周りに止められてもやめられず自制が効かない所も似ている」

 

 

「はは、女に例えられると納得してしまうな」

 

 

男は口角を上げたのと同時に一瞬だけ肩の角度を急にして腕組みした。尻が椅子の座面の奥にヒョイと着地し直す。しまったと思ったがまあまあ、俗的で僕も楽しくなってきてもう数滴濃い紫を落としてみたくなった。

 

 

「喫煙者同士で起こる、煙草はどうしようもないという制御できないものへの共感。これは行って良い環境に身を置いていないのに夜の店に行き、男同士でまあ仕方ないよねということになるのと似ている」

 

 

頭の中で別に何の根拠もなく点と点を雑に結ぶ。真面目に聞いてくれる彼に出来上がってもいない料理を運んで、解釈の反響版に使っている。自覚をして彼から視線を外す。僕はひと呼吸分間をあけて「火をつけるところも恋と似ている」と雑に話題の入ったグラスごと脇によけた。

男はこの質問にしっかり返してきた人は君が初めてだと感心した様子だった。彼はいい人だ。気づかないふりをして寛容にしてくれているのかもしれない。

 

 

 

僕は煙草を女だと思ったことはない。

好きな学者が煙草好きな人でそれで吸う。

 

 






 

 

一年ほど前、そういえばある女性に同じような質問をされた。

煙草なんてやめてください。身体に悪いのにどうして吸うんですか?

 

 

「代わりに心が健康になるのですよ」

「ええ…」

「僕は自分のことをあまり良い人間だと思っていなくて。肺というのは心の近くにあるでしょう、それがタールで心と同じ色になるのが心地よいのです」

 

彼女は首を傾げて何を言っているのかわからない様子だった。
僕も自分が何を言っているのかわからない。

 

「それと、心という臓器がもう黒いので他の臓器が汚れたところでどうでもいいという気持ちが少し」

 

彼女は下を向き「ああ」と消え入るように声をこぼす。白い皮膚に乗った睫毛が可憐で恐ろしく僕は急いで鹿を想像した。多分悲しい人だと思われている。彼女は現実の至るところに花の咲くような結末を望むような人だった。

 

 

「心が汚れているからって肺も汚すことないじゃないですか」

「降り続けるエレベーターの浮遊感もいいものですよ。ダメな場所が増えていき下へ降りている間身体が軽いですから」

「上に行った方が幸せになれる気がします」

「幸福が、日の当たるところにない者もいるのですよ」

 

 

彼女の眉は八の字で、
自身の正義の持ち手をぎゅっと握り直しているようにみえた。

 

 

「エレベーターが止まったらもの凄く辛いのでは?」

「そうですね。でも辛いほど煙草が美味いんです」

 

どうか僕の麻酔を奪わないでくださいと言うと彼女はため息をついて諦めた。

 

 

 

僕は煙草を麻酔だと思ったことはない。

好きな学者が煙草好きな人でそれで吸う。

 

 

 

fin